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今から1000年以上前の延喜式神名帳によると、安芸国式内社は速谷神、伊都伎島神と多家神の三神しか記載されていない。
多家神を祀る社「式内社」は安芸郡の地に造営されながら所在がわからなくなっていた。この「多家神」をめぐって古くから総社と松崎八幡の氏子同士の争いが絶えなかったことから、明治7年(1874年)広島城三の丸にあった稲荷社を浅野氏から譲り受け、総社と松崎八幡を合祀して現在地に造営され〔大正4年(1915年)火災により校倉を残して社殿焼失、大正11年(1922年)再建〕、「たけい神」または「多祁理神」の名をとって多家神社を称したともいわれている。
現在、神武天皇を主祭神として合併祈神54坐を祀り、別名多祁理宮または埃宮と称し、町民の間では「えの宮さん」の名で親しまれている。
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宝蔵(広島県重要文化財)
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江戸時代初期に造られたといわれる木造のひわだぶきの校倉造りで、通常は三角の木を組んで周囲の壁を形成するが、この宝蔵は不等辺六角形の木を組んだ珍しいもので、「信貴山縁起絵巻」に描かれている以外に例を見ず、日本に現存するものでは当宝蔵だけである。
また、広島城内から移築された建物としても現存する唯一のものといわれる。昭和29年広島県重要文化財指定。
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